なぜオクトーバーフェストの会長なのか?(9/11)

9月18日(金)から23日(水)までの6日間、宇都宮駅東口で「宇都宮オクトーバーフェスト2026 Sponsored by BOSCH」を開催します。
実は、その実行委員会の会長を仰せつかっています。会長といっても、協賛をしていただいた企業さんや出店者さんたちとのやり取りなど、様々な役割を担わせていただいています。もしかしたら、これまでの人生の中で、最も人との出会い時間かもしれません。「会長がそこまでやるか?」「大学の先生がなぜそのようなことを?」と思われたり、尋ねられたりしますが、「人との出会いは大切な財産である」が私の信条です。また、誰よりも自分が先頭に立って実践する。口よりも行動。これもやはり私が大切にしている信念です。だから、とても大変ですが、楽しく、充実した日々を送っています。

「愉快なラジオ」にて、パーソナリティーの和気(ワッキー)さん、そして最近宇都宮のPRキャラクターとなった「餃子犬じゅうべえ」との記念撮影!

さて、今日はたまたま2つのラジオ番組に出演させていただきました。1つのこれまでも何度か出演させてもらったFM栃木(REDIO BERRY)の「愉快なラジオ」(金曜12時~)です。パーソナリティーの和気さんは前回もお世話になりました。放送の1か月ほど前から、ヒアリングをしていただき、また出演数日前には、がっちりした台本を送ってくださり、プロ意識が感じられます。番組の性質上、イベントのPRだけではなく、宇都宮の魅力について語る機会もありました。和気さんから3つの問がありました。①宇都宮で好きな場所は?、②宇都宮を色で例えると、③宇都宮の魅力は?、です。私は①は宇都宮駅、②は青、③歴史の深さ、と答えました。①の背景は、ここ数年宇都宮駅周辺で活動させていただくことが多くなり、様々な人との出会いがありましたし、宇都宮駅の再開発の歴史も学生と少しだけ調査し、愛着が湧いています。②については、宇都宮が豊かで帰路らかな水によって発展してきたことから水の色として、また、関東平野の末端で周辺には山々が青く見えるから、という意味から青にしました。多くの人は、宇都宮の色を黄色というでしょう。雷の稲妻の色が黄色だからということで、宇都宮のLRTも黄色です。しかし、そもそも稲妻の色は黄色でしょうか? また、宇都宮の景観を象徴するのが大谷石ですが、大谷石はグリーンタフと呼ばれ、掘った時には青い色をしています。やはり、私は宇都宮の色は、黄色ではなく、絶対に青だと思っています。②については、関東平野の末端ということもあり、きれいな水が山間部から流れてきます。宇都宮は地理の集落形態でいうと、「谷口集落」にあたります。かつて山は木材や絹の原料の繭など、様々な資源の供給地でした。その山間部から運ばれたものを集める集散地として宇都宮は栄えました。豊かな水は人々の生活や産業を支えました。宇都宮では今でも「宮染め」といって、伝統的な染物があります。真岡綿などの産地が近かったことも関係していると思います。染物に大切なのは、清らかな水と豊富な水量です。栃木県は、鬼怒川の上流などの水源がしっかりしていて、渇水になりにくいのも特徴です。こうした豊富な水は、水力発電や大量の水をつかう工業団地の立地にも大きく寄与しています。私たちが当たり前のように利用している水ですが、これが宇都宮の市民生活だけではなく、工業都市宇都宮を支えています。③については、今回、オクトーバーフェストの準備をする中で強く感じたことです。歴史とは何か。それは先人たちの営みの痕跡だと思っています。痕跡というのは、目に見えるものと見えないものがあります。では目に見えない者とは何か。それはそこに暮らす人々の深層に染みついた思考形態です。宇都宮の人々は、「宇都宮には歴史がない」と言います。とんでもないことです。そういう人には「もっと勉強してください!」と言いたくなります。宇都宮の集落(都市)としての起源はわかりませんが、おそらく、1000年前には砦のようなものが築かれ、集落が形成されていたのではないかと思います。宇都宮は宇都宮氏が約500年にもわたって、当地を治め、高い文化をもたらしました。私はそれも宇都宮の文化形成、人々の思考形態の形成に関係しているとは思いますが、何と言っても宇都宮の地理的位置関係、地政学的な位置関係が最も強く作用しているのではないかと考えています。宇都宮を一言でいうと「豊かな土地」ということです。まず1000年単位で見た時に、大きな災害がない。関東平野の末端であり、水害に遭いにくく、急峻な山間部でもないので、土砂災害も少ない。また、先述のように日光方面、さらには報告方面の出入口です。かつて薬師寺が現在の下野市に置かれたのも、東北地方との接点にあったらからです。江戸時代は、東北方面からの守りの重要拠点でしたし、戦前も陸軍の一大師団が駐屯していました。戦後も、東京との近接性から工業立地が進みます。このように、地の利がよいために、勝手に人やモノが集まる。何をしなくても、大きな変化がなくても、まちは潤う。これが宇都宮の魅力です。一方で、そうした恵まれた環境はマイナスにも働きます。何も考えない、努力しない、変化を望まない、という文化も宇都宮に強く染みついているように感じます。その良し悪しは判断できませんが、「刺激が多いまち」とは言えません。こうした人々に染みついた思考形態から、宇都宮の長い歴史を感じることができるのは私だけでしょうか。これがそもそも魅力なのか?と問われると何とも言えない気持ちになりますが。

「愉快なラジオ」の後半では、オクトーバーフェストをどうして行うことになったのか、オクトーバーフェストとは何なのかなどについても話をさせていただきました。そこについては、長くは語りませんが、やはりこうしたイベントを市民の力で、市民のために行いたいということが最も大きな理由であり、それは私の原動力なのだと思います。最近オクトーバーフェストは、地方都市でも多く行われるようになりました。しかし、その多くは、東京周辺の民間事業者や行政が主体となっています。行政はともかくとして、東京周辺の業者が地方に出てきて、イベントを開催する。彼らは出店者を栃木県外から集め、キャラバンを組んでやってきます。地元の団体を実行委員会に入れて、地元の組織であるかのように繕ってはいますが、それは行政などの後援を得るために過ぎません。加わった組織と一から新しいものを創るということはしません。これは、すなわち宇都宮のお金が県外に流出していくことを意味します。また、地元に開催のノウハウや人的ネットワークも残りません。これでは地域から資源が奪われるだけです。地域の人々は快楽の代償として、知らず知らずのうちに資源が奪われていく。快楽におぼれた人々はやがて思考力も奪われていきます。これこそ、地域衰退の元凶なのです。私は少なくとも、宇都宮を元気にしたいと思っています。でもそれは、快楽ではなく、苦難を乗り越えた先にあるものだと思っていますし、苦難を乗り越えようとすることこそ元気の源であると考えています。だから、素人でも仲間を集め、夜遅くまで議論をし、実行委員のメンバーが助け合って一つの目的に向かって進んでいく。そしてお互いが必要であることを認識し、相互に感謝の気持ちが芽生える。こうしたことを繰り返し行うことが、地域を強くする、宇都宮に新たな文化や思考形態を生んでいくことにつながっていくのだと思います。さすがに、上記のことは語ることができませんでしたが、もっと時間があれば、こうしたこともお話したかったです(話せなかったことをここに書いています)。

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この記事を書いた人 / 駒澤大学 文学部 地理学科 准教授

専門は都市地理学・地域研究。市街地開発やまちづくりを主題に、現場での調査を重ねる。「課題も解決策も、現場(地域)にある」を信条に、地域のお医者さんでありたいと考えている。